「流山に富士山がある」って、ご存知でしたか?
今回訪れたのは、流山本町にある浅間神社。
その境内の奥に、ひっそりと、でも存在感たっぷりにそびえているのが「富士塚」です。
初めて見た私の感想は……
「こんなに可愛らしい山、初めて見た!」
でも、近づいてみると想像以上に本格的。
一合目、二合目……と石碑があり、富士山の溶岩とされる石が使われた登山道を実際に登ることができます。
流山で「富士登山」。
しかも、ここは単なるミニチュアの山ではありません。
安産・子育て・縁結び・夫婦円満・火伏せのご利益があるパワースポットとして知られており、流山市指定有形文化財にもなっている流山本町の歴史スポットなんです。
今回は、実際に富士塚を登りながら、その歴史と楽しみ方をご紹介します。

7月上旬の土日に開催される浅間神社大祭はとても有名で、御神輿に出店で賑わいます。詳しくは、毎年夏祭り記事でご紹介しております。気になる方は、『【2026年最新】流山・流山おおたかの森周辺の夏祭り&納涼祭まとめ|開催日程・駐車場・アクセス情報』をブックマークしておいてくださいね♪
そもそも「富士塚」って何?

富士塚とは、富士山を信仰する人々が、身近な場所に富士山を模して築いた人工の山です。
江戸時代には富士山への信仰が広まり、富士山に登って祈願する「富士登山」も盛んになりました。
とはいえ、昔の富士登山は今のように気軽な旅行ではありません。
そこで、実際に富士山まで行くことが難しい人たちも、身近な場所で富士山を信仰できるよう、各地に富士塚が築かれました。
流山の浅間神社にある富士塚も、そんな富士信仰の歴史を今に伝える場所です。
流山市の資料では、この富士塚は明治時代のものとされ、昭和62年(1987年)6月4日に流山市指定有形文化財に指定されています。
富士塚は、流山だけじゃない!
ここまで調べてみると、富士塚は流山だけのものではないことが分かりました。
富士信仰が広まった江戸時代には、江戸をはじめ各地に富士塚が造られました。
富士山の溶岩を使ったものや、もともとあった丘などを利用したものもあり、形や大きさ、造られた時代もさまざまなんだそう(出典:国立国会図書館「富士山と富士講」)。
江戸時代には「お富士さん」と呼ばれた富士塚もあり、現在では、その姿から「ミニ富士」「ミニチュア富士」などと表現されることもあります。
実は今回、私にとって富士塚を見るのは流山の浅間神社が初めて。
「富士塚って、こんなに面白いんだ!」
と知ったら、今度は他の富士塚にも興味が湧いてきました。
同じ「富士塚」でも、場所によってどんな違いがあるんだろう?
次にどこかの富士塚を訪れたら、流山の富士塚と比べてみたい。
そんな楽しみが、ひとつ増えました。
流山の富士塚は、明治時代に築かれた
浅間神社そのものは、正保元年(1644年)に創建されたと伝えられています。
一方、現在の富士塚については、大正5年(1916年)発行の『流山案内』に、
「平坦なる地に厳しく丘を築きしは明治24、5年頃なり」と記されています(出典:流山市「ぐるっと流山 浅間神社で祭礼」)。
つまり、浅間神社の長い歴史の中で、富士塚が築かれたのは明治時代(1891~1892年頃)のこと。

「江戸時代からある富士塚」ではなく、江戸時代に広まった富士信仰が明治時代にも続くなか、流山では明治24~25年頃(1891~1892年頃)に築かれた様です。
これが「流山の富士山」!
浅間神社の本殿の裏手に進むと、富士塚の入口があります。

浅間神社に入って遠目に見ただけでは分かりにくいので見逃さないでくださいね!
「なんてかわいい山!」
私自身、恥ずかしながら富士塚について全く知らず…たまたま見つけただけだったので、これが率直な第一印象。
山の高さについては資料によってばらつきがありますが、おおよそ6~8m。
富士山から運んできたと言われている溶岩を使って作られているのだとか。
見た目はかわいい山ですが、傾斜は全くかわいくありません。
スニーカーでの入山を強くおすすめいたします。
ここで「溶岩チェック」!
富士塚に登ったら、ぜひ足元にも注目してみてください♪
「これが富士山から来た石なのか…!!」
そんな目線で石を眺めながら登ると、ただの山登りとは違った面白さがありますよ♪
登る前に、100円を忘れずに

富士塚に登る際には、入口にある案内を確認しましょう。
現在は、富士塚の維持管理のため100円の協力金が案内されています。
実際に訪れた際は、入口の案内を確認してから登りましょう。
「入山料」というより、富士塚を後世に残していくための協力金というイメージです。
金額や運用方法は変更される可能性があるため、訪問時の現地案内をご確認ください。2026年の訪問記でも100円の協力金が紹介されています。
さあ、富士(塚)登山スタート!
登山道を進んでいくと……
「〇合目」
と、富士山さながらの「合目」表示があります。
ここで「何合目かチェック」!
せっかくなので、ただ登るのではなく、
「今、何合目?」
と確認しながら登ってみてください。
富士登山をしたことがある人なら、
「富士山の○合目は、こんな感じだったな」
と、本物の富士山を思い出しながら比べてみるのも楽しそう。
逆に、まだ富士山に登ったことがない人なら、
「富士山、登頂!(流山の)」
ちょっと得した気分になれるかも。因みにツナグは富士山未経験なので、「富士山に登ったと同じご利益」と信じてとても喜んでおります❤
小さな山ですが、ちゃんと「○合目」をたどって山頂を目指せるのが、富士塚のおもしろいところです。
富士塚登山時の「かけ声」とは?
富士塚を登るときには、
「六根清浄(ろっこんしょうじょう) お山は晴天」
と唱えながら登るとされています。
「六根」とは、眼・耳・鼻・舌・身・意。
五感と心を清める、という意味が込められています。
この言葉を唱えながら富士塚の頂上まで登ると、富士山に登ったのと同じような気持ち・効果・ご利益が得られると紹介されています(出典:流山観光協会)。
ということで……
「六根清浄、お山は晴天!」
かけ声も忘れずに。
山頂には「富士浅間大神」

一歩ずつ登って、いよいよ山頂へ。
そこには「富士浅間大神」の石碑があります。
「山頂まで来た!」という達成感もあって、想像以上に気持ちいい。
そして、ここでもう一つチェックしてほしいのが……
「富士山、見えるかな?」
「流山の富士山から、本物の富士山は見える?」
なんと、「天気のいい日には、塚の上部から遠方に富士山を望むことができます。」とのこと(出典:流山市公式資料『流山の歴史と文化』)。
ツナグも登頂して360度見渡してみましたが、見えたのは雲、雲、雲。
何を隠そうこの日は曇りに曇っていたのです…
どなたか、「富士山見えたよ!」という方がいらっしゃいましたら、コメントくださいね^^
子どもと一緒に「富士登山ごっこ」も楽しそう
今回ツナグは夫と訪れましたがこの富士塚、個人的には是非子どもを一緒に連れて行きたい場所だと思いました。
「ここが一合目!」
「次は何合目?」
「溶岩を探してみよう!ん?溶岩ってなんだ?」
「頂上まであと少し!」
なんて言いながら登れば、ちょっとした学びと冒険。
歴史の説明を先にするより、
「流山に富士山があるんだって!登ってみる?」
から始めたほうが、子どもも興味を持ってくれそう。
そして山頂まで登ったところで、
「実はこれ、昔の人が富士山を信仰するために作った山なんだよ」
と話してあげる。
そんなふうに、遊びながら地域の歴史に触れられるのも富士塚の魅力です。
この富士塚は、地域の方々が大切に守り、管理している場所。登るときは、石や周囲を傷つけたり、ゴミを残したりしないように、ルールを守って楽しみましょう!
実は、新選組の歴史ともつながっている
富士塚を目当てに訪れた浅間神社ですが、調べてみると、ここにはもう一つ、流山の歴史を語るうえで欠かせない要素がありました。
新選組です。
慶応4年(1868年)4月、近藤勇率いる新選組が流山に入り、「長岡屋」という場所を本陣(指揮をとる拠点)にし、隊士たちは光明院や流山寺など、周辺の場所に分かれて滞在していたそうです。

翌4月3日、新政府軍が流山を包囲。
当時の記録には、新政府軍が浅間神社の裏に陣を取り、新選組の本陣だった長岡屋に向けて大砲を設置したことが記されています。
現在の流山市も、浅間神社の裏を「新政府軍の布陣の場所」として、新選組の足跡をたどる史跡ウォーキングで紹介しています。
ただし、現在の富士塚が築かれたのは、明治24~25年頃(1891~1892年頃)。
新選組と新政府軍が流山で対峙したのは、それより前の1868年。
つまり、新政府軍が浅間神社裏に陣を置いた当時、現在の富士塚はまだなかったということ。
そう考えると、今私たちが登っているこの小さな「流山の富士山」も、流山の歴史の中では、また別の時代からやってきた存在なんですね。
流山本町を歩くなら、浅間神社にも寄ってみて
浅間神社は、流鉄流山線「流山駅」から徒歩約4分。
流山本町を歩くときにも立ち寄りやすい場所です。
古い町並みを歩いて、歴史スポットを巡って、最後に「流山の富士山」へ。
そんな本町さんぽも楽しそう。
今後、ツナグ流山では「流山旅」として、実際に歩いて選んだおすすめルートも紹介していきたいと思っています。
そのときは、もちろんこの富士塚もコースに入れたい!
「流山の富士山」に登ってみよう!
富士山に登ったことがある人も、まだ登ったことがない人も。
「六根清浄、お山は晴天!」
ぜひ、ちょっとした「富士登山」を楽しんでみてください。
そして、山頂から昔の流山に想いを馳せてみてください。
江戸時代から続く富士信仰。
明治24~25年頃に築かれた富士塚。
そして、この場所で起きた幕末の出来事。
今は静かな境内に、長い年月を超えて、流山の歴史が重なっています。
そう思うと、とても感慨深い。
流山本町を訪れたら、ぜひ訪れてみてくださいね。
流山浅間神社・富士塚

浅間神社の目の前には身体にうれしいランチを

浅間神社の目の前にあるのがOdaidoco。
ツナグがいただいた「Odaidoco御膳」は、糀やみりん、こぼれ梅をふんだんに使った身体にうれしいお料理。8月のメインだったチキン南蛮は、糀に漬け込んだ胸肉がふわふわジューシーで、ご飯が進むおいしさでした。
食後はコーヒーゼリーとチャイティーをいただきながら、古民家ならではの落ち着いた空間でゆっくり。
さらに2階には切り絵ギャラリーがあり、ドリンクやスイーツを持って過ごすこともできます(Wi-Fi完備)。
食事だけでなく、食後のくつろぎ時間まで楽しめるのがOdaidocoさんの魅力。
流山本町散策の途中に、ぜひ立ち寄ってみてください。

つなぐ流山公式Instagram『Odaidoco』にて詳しくご紹介しております♪

